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「ターナーからモネへ」作品紹介⑤ ルノワール《会話》

2017/12/27

ルノワールの晩年の作品である《会話》。「会話」というタイトルがついていますが、女性は男性と視線を交わすこともなく、考え事をするかのように、地面の草むらを見つめています。

画面は大きく柔らかなタッチで覆われていますが、当時、ルノワールは激しい関節炎に悩まされていて手先を細やかに使って描くことができず、手に筆を縛りつける方法を用いていたことと関係していると考えられます。

 

後に病状はさらに悪化し、最晩年は車いすでの生活を余儀なくされたルノワールですが、体力の続く限り制作を続けようとする画家のエネルギーをも感じさせる一枚です。

 

 

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ピエール=オーギュスト・ルノワール《会話》1912年

ウェールズ国立美術館 ©National Museum of Wales

 

 

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「ターナーからモネへ」作品紹介④ モネ《サン・ジョルジョ・マッジョーレ、黄昏》

2017/12/24

1908年10月、ヴェネツィアを妻と共に初めて訪れたモネは、多くの画家たちを惹きつけてきたこの街に魅了され、その後2か月余りの滞在中に37点もの油彩画を描きました。彼は「私がもっと若く、大胆なことができたときに、ここへ来なかったのは残念だった」と述べています。

 

《サン・ジョルジョ・マッジョーレ、黄昏》は、島のほとんどが修道院になっているサン・ジョルジョ・マッジョーレ島を描いた連作のうちの一つ。沈みゆく太陽の光は、青、緑からオレンジ、赤と一瞬のうちに空に多様な効果をもたらし、その色彩の交響は空を反射する海へとつながっています。

モネ夫妻は、毎晩のようにゴンドラで運河に出かけ、画家曰く「世界でも随一の素晴らしい夕日」を楽しんだと残しています。

 

 

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クロード・モネ《サン・ジョルジョ・マッジョーレ、黄昏》1908年
ウェールズ国立美術館 ©National Museum of Wales

 

 

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「ターナーからモネへ」作品紹介③ ロセッティ《麗しのロザムンド》

2017/12/22

19歳のころから絵画を学び始めたロセッティは、ロイヤル・アカデミーの美術学校でも学びましたが、次第にアカデミーの古典偏性の教育に疑問を持ち、同じくアカデミーで学んでいたハントやミレイなどとともに、ルネサンスのラファエロ以前の美術に価値を見出そうとする「ラファエル前派兄弟団」を結成し、英国の美術に新風を吹き込みました。

 

本展出品作品の《麗しのロザムンド》は、中世の英国王ヘンリー2世の愛妾ロザムンド・クリフォードに扮した、画家の恋人を描いた作品です。伝説では、王はロザムンドを迷宮の中の小屋に閉じ込め、2人を繋ぐのは、一つの通路に張り巡らされていた赤い紐のみだったといいます。画面には、彼女を象徴するバラ(ロザムンド=「世界のバラ」)のモチーフが多く描かれています。

 

しかし王の姿や小屋の様子などは描かれておらず、ロセッティの関心は、伝説の忠実な再現というよりも、モチーフの質感や色彩、場面を覆う情感を描くところにあり、唯美主義的理想へ向かう兆候をここに見ることができます。

 

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ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《麗しのロザムンド》1861年

ウェールズ国立美術館 ©National Museum of Wales

 

 

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「ターナーからモネへ」作品紹介② コンスタブル《麦畑の農家》

2017/12/19

前回ご紹介したターナーと同時期に英国で活躍した画家・コンスタブル。現在ではターナーと並び英国を代表する画家ですが、両者の人生は対照的でした。

 

年齢も1歳しか違わない二人ですが、若くしてターナーがロイヤル・アカデミーの正会員に選ばれ活躍したのに対し、彼がアカデミーの正会員となったのは53歳のときでした。また、ターナーが画題を求めて英国および欧州各地を旅行していたのに対し、コンスタブルは終生、故郷周辺の風景を描き続けました。

 

《麦畑の農家》は、イングランド東部サフォーク州の画家の生家近くにあった麦畑の中の農家を描いた作品です。まだ青さの残る麦や右側の木は花を咲かせていることから、夏の風景と考えられています。

ごく一般的な田園風景の中で、絶えず変化しつづける光や大気がもたらす効果を、一瞬のうちに捉えたコンスタブルの作品は、1820年代に母国に先んじてフランスで評価され、ドラクロワなどに影響を与えました。

 

 

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ジョン・コンスタブル《麦畑の農家》1817年
ウェールズ国立美術館 ©National Museum of Wales

 

 

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「ターナーからモネへ」作品紹介① ターナー《難破後の朝》

2017/12/17

19世紀の英国を代表する画家、ターナー。展覧会では、出品作家の中で一番点数の多い、6作品(水彩3点、油彩3点)を展示しています。

 

《難破後の朝》は、ターナーの後期の作品です。タイトルが示す通り、画面の中央には、嵐に遭遇し、帆が無残に破れた船が霞の向こうにぼんやりと見えます。手前の浜辺には、漂着し身を寄せ合う人々が描かれていますが、大きな筆致のため、一人ひとりの表情や細かな動きははっきりとはわかりません。

 

風景画で名高いターナーは特に後半生において、単に風景を克明に再現するのではなく、その風景の中に現れる自然のエネルギーや大気の一瞬の雰囲気を、色彩の微妙な変化の中で捉えようとしました。この作品にも、ターナーのその特徴がよく現れています。

 

 

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ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《難破後の朝》1840年頃
ウェールズ国立美術館 ©National Museum of Wales

 

 

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Shizubi シネマアワー vol.21「新しい表現を求めて-ターナーとセザンヌ」

 

1月6日(土)14:00~『ターナー、光に愛を求めて』

英国・ロマン主義の巨匠・ターナーの素顔とその創作の秘密とは...?
「ターナーからモネへ」展でも紹介するコンスタブルや、同時代の英国の画家たちも登場します。
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ウェールズ国立美術館―知られざる名作の宝庫

2017/12/10

英国・南西部に位置するウェールズは、英国を形成する4つの地域の中では日本では一番馴染みのない場所かもしれません。

 

しかし、ウェールズの自然あふれる風景は、展覧会「ターナーからモネへ」でご紹介するターナーをはじめ、古くから数多くの芸術家たちを惹きつけてきました。また北部の海辺の町スランディデュノは、作家ルイス・キャロルが『不思議の国のアリス』の構想を膨らませた場所として知られています。
19世紀になると、産業革命が豊富な自然資源のあるウェールズにも波及し、石炭の輸出や鉄鋼業で栄えました。今でも、世界各地の有名企業が進出し、日本企業も数多く工場や支社を構えています。

 

1907年に、ウェールズの中心都市カーディフに設立されたウェールズ国立美術館は、ターナーやコンスタブルなど英国を代表する巨匠たちはもちろん、フランスのレアリスムを代表するミレーやクールベ、印象派のモネやピサロ、フォービスムのドランやヴラマンクなど、優れた近代美術のコレクションで知られています。これらの作品の多くは、前述した近代の経済発展の中で成功し、ウェールズの文化のさらなる発展を願っていた実業家たちによって蒐集され、寄贈されたものです。

 

今回の展覧会では、同館のその豊富な所蔵品の中から、19世紀から20世紀初めまでの油彩57点、水彩16点を展示します。英仏を代表する名だたる巨匠たちの作品の数々がずらりと出品されますが、一番の見どころは、やはりマネ、モネ、ルノワールなどが揃い踏みし、また彼らに影響を受けたイギリスの作家たちも一堂に鑑賞できる「印象派」のコーナーです。

 

ウェールズ国立美術館のコレクションがまとまって国外に貸し出されることは珍しく、日本では約20年ぶりの公開となります。是非お見逃しなく!

 

 

(k.o)

 

 

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