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重要文化財 渡辺崋山筆「千山万水図」

2017/08/13

「没後150年 坂本龍馬」展の会期ものこり2週間となりました。

後期からは、静岡会場だけの特別展示として、重要文化財 渡辺崋山筆「千山万水図」を展示しています。

 

渡辺崋山(わたなべかざん/1793-1841)は三河国田原藩士で、江戸詰家老の藩務のかたわら、画家としても活躍しました。

崋山は、幕府の海防掛(かいぼうがかり)に任じられたことで蘭学研究や海外事情の情報収集にも熱心に取り組みますが、蛮社の獄(ばんしゃのごく)で処罰され、蟄居(ちっきょ)を命じられました。

 

本作は、一見すると中国風の山水画に見えますが、画面中央をよく見ると、3本マストの大型船...外国船らしき船影が描かれています。

崋山が描いた作品の中には、外国の脅威を生物の捕食に見立てて描いたものあります。

本作も画面上部を江戸湾の入り口・三浦半島とし、海防上の重要地勢とみた崋山の思想を反映したものとする説があります。

 

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重要文化財 渡辺崋山筆《千山万水図》 天保十二(1841)年 田原市博物館(後期展示)

※中央に描かれた3本マストの大型船。ペリーが来航するまで、日本では大型船の造船は禁止されていた

 

 

なお、年紀には「丁酉(ていゆう)六月」(天保8年6月)とありますが、落款(らっかん)の書体から、蟄居中の天保12(1841)年の作と考えられています。

天保8年6月は、浦賀に来航した米国船を砲撃・退去させた「モリソン号事件」が起こった月です。

崋山は『慎機論(しんきろん)』でこの時の幕府の対応を批判し処罰されています。

年紀にも崋山の意図が込められているのでしょう。

 

本図制作の4か月後、崋山は自刃します。

この時、坂本龍馬は7歳。12年後の嘉永6(1853)年、浦賀(三浦半島)沖に黒船が来航し、日本は維新に向け大きく動き始めます。

 

 

(s.o)