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安田靫彦「鴨川夜情」の心持(こころもち)

2016/06/26

今春、東京国立近代美術館では、日本画家・安田靫彦(やすだゆきひこ)の二度目の大回顧展が開催されました。

若くして岡倉天心にその才を見いだされ、明治、大正、昭和の長きにわたり、常に院展の中心人物として活躍し、昭和53年、94歳でその画業を終えた靫彦の生涯は、常に死と隣り合わせでした。

実際、古画研究のため選ばれて奈良留学しますが、病気のために中断を余儀なくされてしまいます。

 

そんな靫彦を、病気療養にと修善寺温泉に招き、支援したのが、新井旅館三代目館主・相原沐芳(あいはらもくほう)でした。

このことで以前より友情が深まった二人は、生涯、家族ぐるみの交流が続いたのです。

また、靫彦を介して、新井旅館には横山大観(よこやまたいかん)、今村紫紅(いまむらしこう)、小林古径(こばやしこけい)、前田青邨(まえだせいそん)ら多くの画家達が出入りしました。

 

そんな靫彦と沐芳、そして画家仲間たちの交友を彷彿とさせる一点をご紹介します。安田靫彦「鴨川夜情」です。

この作品は、京都・鴨川の床で、夕涼みをする3人を描いています。

細く優しい線で描かれたそれぞれの顔をじっとみていると、何やら楽しい会話が聞こえてきそうですね。

行燈の灯りに照らされて、川面は静かに動いています。何ともほっとする情景です。

 

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安田靫彦「鴨川夜情」昭和9年頃 伊豆市所蔵

 

 

実際、靫彦は、江戸後期の文人・田能村竹田(たのむらちくでん)「柳塘吟月図(柳蔭吟月図)」に記されたエピソードに想を得て、この作品を描いたそうです。

それは七夕の夜、酒宴を楽しんでいた竹田のもとに、青木木米(もくべい)の家から帰ってきた頼山陽(らいさんよう)がやってきたので、二人は木米の話をしながら鴨川の床で酒を酌み交わした、というもの。

竹田、木米、山陽は親友同士。互いを思って絵を描き、詩を添えあった、文雅の交わりの証ともいうべき書画が多数残されています。

 

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田能村竹田柳塘吟月図(柳蔭吟月図)」(「大風流田能村竹田」所収)

 

 

歴史画の靫彦と言われるほど、靫彦は生涯、古典・古画研究に励みますが、一方で、良寛や江戸の文人達の風雅な世界に憧れて、身近に鑑賞していたといいます。

実は「鴨川夜情」は、同主題の七絃会出品画を昭和7年に制作した後、改めて靫彦がその試作品に筆を加え、沐芳のために描いて贈った作品なのです。

靫彦と沐芳らが芸術談義を交わす様子にもみえる本作は、靫彦が親友のために描き、捧げた絵ともいえるでしょう。

 

(e.y.)