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1月生まれのアカデミー会員たち③

2015/01/12

こんにちは。
静岡市美術館で好評開催中の「ロイヤル・アカデミー展」
残すところあと約2週間となりました。
まだ、ご覧になっていない方、お見逃しなく!

さて、1月生まれのアカデミー会員を紹介するコーナーも、
3回目となりました。

今日12日に誕生日を迎えるのは、
ジョン・シンガー・サージェント(1856-1925)です。

彼の人生はまさに「コスモポリタン」。
アメリカ人の医者の息子として生まれますが、
生地はイタリアのフィレンツェ。
少年時代もイタリアで過ごしました。

その後、18歳の時にパリに出て、
エコール・デ・ボザールにも学び、
1877年からサロン(官展)に作品を出品し始めます。

彼は上流階級の人々を描いた肖像画で知られています。
特に、サロンにも出品された《マダムX》(1884年、アメリカ・メトリポリタン美術館蔵)
という作品が有名です。タイトルでは本名は伏せられているものの、
実在した銀行家の妻をモデルにしたといわれており、
あまりにも官能的に描きすぎる、として、当時のパリで一大スキャンダルとなりました。

その後、彼はスキャンダルを逃れるかのようにパリを離れ、1885年29歳の時にロンドンに移り、そこに居を構えます。

ロイヤル・アカデミーの年次展覧会には、パリにいた1882年から出品していましたが、
一方でロンドンに移ってからの彼は、若い画家たちによって組織され、
一時はアカデミーを脅かす存在にもなった《ニュー・イングリッシュ・アート・クラブ》にも参加しており、なかなか精力的に活動していたようです。
その後、1894年にアカデミーの准会員、1897年に正会員になりました。

また彼は、若い時から広くヨーロッパを旅行していて、
ロンドンに移り住んでからも、様々な国に出かけています。

今回、「ロイヤル・アカデミー展」に出品されている2点は、
いずれもイタリアへ旅行した時のもの。

まずはこちら↓。

室内ヴェネツィア.jpg
1899年に制作され、翌年「ディプロマ作品」としてアカデミーに提出された《室内、ヴェネツィア》
という作品です。

ヴェネツィアの運河に面して建つ「パラッツォ・バルバロ」という実在する建物の内部が
舞台となっています。

画面右手前には、当時この建物に住んでいた、
アメリカ人のカーティス夫妻が描かれています。
夫妻は社交界の名士として知られ、
芸術家や作家をしばしば自邸に招待してもてなしており、
サージェントは1899年の夏にここを訪れています。

画面左には、カーティス夫妻の息子夫婦が描かれていて、
室内も、大きな筆致ではありますが、
上流階級が暮らすにふさわしい、壮麗な装飾が目を引きます。

サージェントは、最初はこの作品をカーティス夫妻にプレゼントするために描いたそうですが、
奥様から「自分が老けて見える」と言われて、受け取りを拒否されてしまったんだとか。
いつまでも若く美しくありたい、という女性の願望はいつの時代も同じですね。

さて、もう1つ本展に出品されているのは、
1910年に制作された《庭の女性たち、トッレガッリ城》という作品です↓。

トッレガッリ.jpg
こちらはオペラの作曲で名高いプッチーニの生まれ故郷でもある、トスカーナ州のルッカという町の近くにあった、「トッレガッリ」という豪華な建物の中庭を描いています。

サージェントは、1910年に、友人たちと一緒にここに滞在していました。
画面左に3人の女性たちが描かれていますが、いずれも友人の妻がモデルをつとめていたといわれています。
幾何学的なイタリア式庭園が、「ロッジア」という、イタリアの建築に多い、屋根付きの柱廊の向うに
広がっていて、富裕層の優雅な休日の一コマを垣間見ているような作品です。

先ほどの《室内、ヴェネツィア》とは対照的な、印象派を思わせる明るい色彩が特徴ですが、
実際、彼はモネとも親交があったそうです。

19世紀末頃からフランスで学んでいた画家たちがイギリスへ戻ってくると、
バルビゾン派や印象派の影響がアカデミーの画家たちの作品にも表れてくるようになります。

サージェントの作品からは、そうした新しい時代のアカデミーの空気を感じることができます。
展示室ではいずれの作品も、第4章に展示しています。
是非ご覧ください。

(K.O.)